仙台駄菓子の石橋屋 駄菓子の心得

石橋屋TOPへ
石橋屋トップ

石橋屋へのアクセス

会社概要

駄菓子紹介

駄菓子の通販方法

特定商取引法に基づく表示

販売店紹介

仙台駄菓子の心得

個人情報の取扱について
駄菓子の心得

仙台駄菓子の心得とは

石橋屋イメージ駄菓子は日本の風土が生んだ民族固有のもので、日本菓子の祖先です。駄菓子の主な原料は、その地方の特産物を用いるのが特色です。甘さはつるし柿の甘さが基準とされております。精選された黒砂糖や米飴の甘さが駄菓子の味ともいえます。

駄菓子は、なりふりをかまいませんが、四季を重んじ形や色や味で季節感を表現します。形は非文化地方ほど色彩がきつく、風味は他のいかなる菓子にもない異様さを持ち、かつ濃厚なものほど意義が深いものです。駄菓子は元を雑菓子と云い、東京より南地方(京都・大阪・四国・九州)は雑菓子と云い、東京より北の地方(関東・東北・北海道)は駄菓子と呼んでおりました。

江戸時代、武士は貧乏で町民は裕福であったため、幕府はあらゆる手段で町民の生活を抑圧し、例えば庶民が食べる菓子には、一切白砂糖は使用できぬと云い、雑菓子以外は食べることができませんでした。それで駄菓子の駄は粗悪なもの「つまらぬもの」と軽蔑思想が生んだ言葉です。

菓子のうち、駄菓子という名称が出たのは文政の頃で国花万葉記に雑菓子と記されております。仙台駄菓子の由来はその地方の風俗、気候、穀物に合わせて独特の雑菓子が作られ、特に東北地方は文化が貧しく、賃金も低いので安く形が大きく、腹持ちのする食べ物が必要でした。また、保存のできるものも必要でした。
伊達藩には仙台糒(ほしいい)と云って糯(もち)きび、粳(うる)きび、粟きび、トウモロコシきび等があり、これを原料として菓子種を作り、この菓子種を使って、おこし類が作られました。
この仙台糒と云うのは、伊達藩独特の製法によって作られ、一種の携帯食として、江戸への参勤交代や野戦での折りに食料として使用されました。仙台糒の製法は伊達藩の家伝で門外不出とされ、時折この仙台糒が家臣や町民にも払い下げられました。払い下げられた仙台糒を原始的家内企業で独特のおこしや黄粉、胡麻、くるみ、粟等を使ったねじり菓子、餅菓子等が作られました。
これが、いわゆる仙台駄菓子の由来です。

石橋屋では、ご家庭でこの伝統を味わって頂くため、駄菓子の通販を行っています。仙台駄菓子の味を是非ご堪能ください。


Copyright(c) Ishibashiya All Rights Reserved.